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ドナウの旅人

初めて読んだのは20代も半ばでした。
その頃交際相手との関係に悩んでいた友人が(私ではないのがミソ)、この本を読んで自分の中に疑問や回答を見つけ、そのことを話してくれたのですが。
それまで、私は‘現代の流行作家’という人々をどこかで避けていた処があり、読むのは昭和初期の文学まででした。
ただ、たまたま、唯一といっていいほど手に取っていたのが宮本氏の「星々の悲しみ」でした。
この短編集が非常に良く、ちょっと自分の流行作家食わず嫌いを反省していたところだったので、彼女の薦めに従って手にした事を覚えています。


突然見知らぬ年下の男とドイツに出奔してしまった母を捜して、かつて留学していたドイツに旅立つ主人公。
逃げるように別れたドイツ人の元恋人と再会し、母を追いかけ、探し、母の愛人(?)と一緒にドナウに沿って黒海まで旅をする羽目となる。
その途中で出会う様々な人々。事件。
母の愛人と見られた男性の秘密。
一種の謎解きや自分探しといったテーマをはらみつつ、ドナウ河沿岸の美しい風景を描写しながら物語は進みます。
この小説が書かれたのはまだ東西冷戦時代で、そういった事も描かれています。
彼等と一緒に色々なことに向き合いながら旅をしているような、そんな気持ちになります。


で、まぁ。
私がこの小説から彼女のように何か答えを見つけたかどうかは置いておいて。
とにかくドナウに沿って旅をしたくなった事は事実です。
そして実際、小説の序盤で出てきたレーゲンスブルグに行き、さらに主人公たちが泊ったホテルにわざわざ泊りました〜v


ここからは多少ネタバレになるのですが。
あれだけひっぱっておいて、母の結論が出なかった。
というか、そんなオチなのかい!?
と、いうのが正直な所でした。
やはり女性としては、安定した結婚生活を続けてきた「お嬢様」な母が出奔した事に、どういう決着をつけるのかがとっても知りたかった。
私の周囲でも同様の意見が多かったです。
やはり男性である作者には、女性の結論の出し方は判らなかったんですかね?



ドナウの旅人
ドナウの旅人
宮本 輝
narulinjane * * 22:12 * comments(5) * -

樅の木は残った

読んだキッカケは、歌舞伎の「先代萩」でもなく、かつての名作ドラマ(吉永さゆり)でもありませんでした。
もちろん、一般常識(多分歌舞伎の)としての「伊達騒動」については知っていました。
が、興味を引かれたのは稲垣史生先生の「お家騒動」という文庫本を読んでからです。
この本もお薦めしたいですが、これは江戸時代のお家騒動を「通説」「実説」「考察」といった具合に分かりやすく論じており、またその後の顛末や時代背景についても相当分かりやすく書いておられます。

で。
こちらでもちろん江戸前期の大騒動である「伊達騒動」についても取り上げられており、そこからこの事件に興味を持った私が辿りついたのが、この作品でした。
最初に読んだのは、高校生の時でした。
えーと、私は当時時代考証にむっちゃ興味を持っていたので、稲垣先生の本を良く読んでいたのです。

閑話休題。
この本の上下巻は高校2年生の私にとっても本当に面白く、あっという間に読み終えた事を覚えています。
稀代の悪役である原田甲斐を、お家のためを思って自らが「悪」を引き受ける忠臣として描いた「逆説」の妙、歴史に名を残す事もなく次々と倒れていく家臣たち。
大藩を潰したい幕府の巨大さに知恵と政治力で立ち向かう仙台藩。

当時特に心に残ったのは、年齢も近かった塩沢丹三郎と新八でした。
武家の家に生まれ、偶然やちょっとした運命の歯車の違いで対照的な生き方をする若者二人。
どちらもせつなくもどかしく、そして塩沢丹三郎の決して届かない想いに涙した事を覚えています。
甲斐と大自然を象徴する熊との壮絶な死闘や、少女宇乃の視線を通して描かれる「男」甲斐の優しさ。色気。
様々な登場人物とその生き様を通して、現代にも通じる心を感じる事が出来る、エンターテイメント作品だと想います。

樅の木は残った
樅の木は残った
山本 周五郎
narulinjane * * 02:58 * comments(2) * -

ティファニーで朝食を/カポーティ


オードリー・ヘップバーンの映画の方が有名なのでしょうか?
私も最初に映画を見たクチです。音楽もファッションも大好きでした。
その後原作を知り読んだのですが…その時の衝撃は忘れません。
『これって違う話…』本当違う話でした。

別のモノって思えば納得も出来るけれど、そうでないなら断然!原作派です。
主人公のホリーは自由な女性で、名刺には『ホリー・ゴライトリー・トラベリング』と刷ってあります。
すなわち、「心はいつも旅行中」。
すーてーきー♪
と、すぐに感化される当時高校生の私。

ホリーの奔放さはワガママや気まぐれとは違う、『魂の自由』『野生の自由』とでも言うものです。

まるで、野生の狼のような自由さ。

決して誰にも掴まる事なく、閉じ込められたら死んでしまうような。そして、そんな彼女を皆愛さずにいられないのです。

彼女を愛した作家の視点で語られるのですが(映画では彼女を結ばれる彼)、きっと誰も彼女を愛するけれど彼女と生きていく事は選べない。

そして彼女もそれを知っているのだと思います。



自由と孤独。



思えば、私の好きなテーマなのでした。



ティファニーで朝食を
ティファニーで朝食を
カポーティ, 竜口 直太郎
narulinjane * * 23:50 * comments(0) * -

エイジ オブ イノセンス/イーディス・ウォートン作


数年前に映画化されたので、ご存知の方も多いでしょう。
大好きな作品で、原作も読もうと、買ってきたのがきっかけです。
1921年のピュリッツァー賞受賞作です。
なんというか・・さすがにピュリッツアー賞。
1870年代のニューヨーク上流社会という、非常に狭い時代の狭い世界での出来事を描きながら、愛、自由、家族、結婚、不倫、と現代に通ずるテーマがあふれています。
イーディス自身もこの階級の出身で、女性でありながら文筆家を目指すと言う事が、当時如何に難しく、この世界が閉鎖的で、無垢(イノセンス)を装いながら残酷で冷酷だったか・・彼女は、作中のアーチャーに自身を重ねていたと思われます。

彼の持つ二面性。
自由を求めながら、片方では自らの属するこのニューヨーク上流社会に誇りを持っており、しきたりにのっとって暮らす事は当たり前だと信じている。
そこへ、婚約者の従姉で幼馴染のエレンがポーランドの伯爵と離婚したいといってニューヨークへ戻ってくる事から、この完璧だった世界に水面が立ち始めます。
当時、ヨーロッパはニューヨークから見れば堕落した世界だったそうです。しかし、そのニューヨーク貴族達は決して本当の貴族ではなく、あくまで新大陸で成功した、ヨーロッパ式の格式を重んじているだけの人々。
イーディスの筆は容赦なく彼らの虚飾をえぐりながらも、屋敷や調度品、ディナーでのしきたり、マナー、女性達のドレス、男達のパイプの香りまで、それはうっとりするほどの芳香で漂ってきます。まだ「狭いニューヨーク」だった頃の、彼女の少女時代の幸せな思い出もそこにはあるのでしょう。

結局主人公二人は結ばれる事なく終わりますが、それは周囲の周到に作り上げられた無垢でもって、引き離されたのみならず、彼ら自身のこの「世界」への思い、家族への思いが彼らを踏みとどまらせたのだと思います。
現代の人が読むと、まだろっこしい愛かもしれませんが、切なく美しい物語です。
ちなみに、これを映画化したスコセッシ監督は「私が今まで撮った中で、もっとも残酷な映画。」と言っています。
これもある意味本当です。読んでも、見ても、深い感動のある作品です。

エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事
エイジ・オブ・イノセンス―汚れなき情事
イーディス ウォートン, Edith Wharton, 大社 淑子
narulinjane * * 20:00 * comments(0) * trackbacks(133)

廃市/福永武彦作


とある、男の子の部屋に福永武彦が並んでいるのを見て、とても意外だったのを覚えています。
また、これを読んでいるのを取引先の男性に発見されて、「僕、大好きなんですよ〜」と言われたのも、意外でした。
男の人って、こういう話好きなんでしょうか?
福永武彦は、じつは「草の花」から入りました。
この辺りはまた別に書く事にして。
「廃市」は美しい物語です。
日本人独特の滅びの美というものが、これほど胸に迫ってくる作品は、他では芥川の「斜陽」くらいだと思います。
でも、「斜陽」にはまだ未来がある(と、思う)。
けれど、「廃市」は滅び去った、崩れ落ちた町、青春の日々への郷愁と回想の物語です。
堀割をめぐらせ、迷路のように町を作り上げ、芸術や酔狂が行くところまで行ってしまった町。ほかに何も無い町。
そして、愛は結局のところ、誤解と錯覚なのか・・・永遠の謎なのかということ。
この、「愛は誤解と錯覚」というのは、福永武彦作品の共通のテーマだと思います。
この作品でも、メインとして一人の男を巡って3人の女性が登場します。
彼が本当に愛していたのは誰だったのか?
そして、一夏を町で過ごした「私」が愛していたのは・・
かくて、愛は謎です。

町のモデルは、冒頭に白秋の詩が引用されていることからも、柳川ではないかと言われていますが、ご本人の弁によると、柳川ではなく、どちらかというと、ベルギーのブルージュだそうです。
でも、数年前に柳川に行った時はやはりこの作品を思い出してしまいました。




廃市・飛ぶ男
廃市・飛ぶ男
福永 武彦
narulinjane * * 19:49 * comments(2) * trackbacks(0)

ペスト/アルベルト・カミュ作

最初にこれをもってくる辺りが・・・。
この作品は、声高に人に勧めたり愛読書だと言ったりしたことは実はあまり無いんですが。
なんというか、私にとっては「人生の書」のようなものです。内容はまあ、ご存知の方も多いと思うのであえて書きませんが、何故、「人生の書」かというと、ここに登場するさまざまな人間の姿を通して、自分のあり方を模索する事が出来るからです。
なんつーと、えらそうに聞こえますね。
作品は町がペストの発生により封鎖される。という一種のパニック下においての人間群像です。でも、この作品が世界中で読まれているのは、そこに、普遍的な人間の姿があるからでしょう。
だれでもここに登場する誰かしらに感情移入する事が出来ると思います。多分、読者が一番入りやすいのは、たまたまここに滞在していて、町を封鎖されてしまい、なんとか脱出しようと試みる新聞記者でしょう。
彼もそうですが、この極限状態の中で、自分に出来る事はなんなのか?為すべきことはなんなのか?を、みなが段々に理解し、協力し合っていく様は静かな感動と衝動を呼び起こします。
読んでいる途中、神父に反感をもっていた私ですが、彼もまた、自らの「為すべき事」を為したのでしょう。その姿は感動的ですらありました。

カミュは人間の尊厳や理性や理想を描いた作家です。
人間性を否定する全てのものを拒否しつづけた作家でした。
この他にも有名な作品がいくつもあります。
また順次紹介していきたいと思いますが、変わったところでは、サルトルとの論争集(?)「革命か反抗か」は、難しかったけども面白いです。

ペスト
ペスト
カミュ, Albert Camus, 宮崎 嶺雄
narulinjane * * 20:16 * comments(0) * trackbacks(0)
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